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令和8年 新年のごあいさつ
新年明けましておめでとうございます。村民の皆様におかれましては、それぞれの家庭、個人にふさわしい新年を迎えられていることとご察し申し上げます。昨年は豊丘村の誇るべき秋の味覚「松茸」が、雨が少なかったことで不作となり、ふるさと納税の返礼品も半分ほどしか送ることができませんでした。しかし、農産物においては桃、梨、リンゴ、柿、ブドウ、米などの生育は順調だったと言えます。道の駅「南信州とよおかマルシェ」も大健闘しています。
さらには、竜神大橋の工事の進捗状況も、いよいよ最後の国道153への取り付け工事も始まり、令和8年度末すなわち令和9年3月の供用開始に向けて順調に進んでいます。竜神大橋の完成で昭和63年から始まった竜東一貫道路の計画も足掛け40年で完結します。
さて、高市政権が発足してから2か月余が過ぎました。この間、国際会議など目白押しでしたが、我が国初の女性宰相として、各国首脳に対する振る舞いや、経済を中心とした政策の実現にかける意気込みが多くの国民、特に若い世代に支持され、最近の調査では内閣支持率72%という高い数字を示しています。
さらには、衆議院予算委員会での立憲民主党の岡田議員からの中国による台湾への軍事侵攻時の対応についての質問に対して、日本にとって存立危機事態に抵触するであろうとの具体的な答弁を行いました。タイミング的にはやや問題があったかもしれませんが、これに凄まじい反応を繰り返し、様々な圧力を日本に向けて、ありとあらゆる方法で脅しをかけてくる中国に対し、一貫して毅然とした対応を続ける姿勢が、逆に評価されて
いるのではないでしょうか。
アメリカも日本も台湾問題については、意図的に触れないようにしてきた経緯はご存じのとおりです。しかし、中国の軍事力がここまで強大になり、インド洋、太平洋での露骨で覇権的な現状変更を繰り返すようになった現在、アメリカが台湾に対して1兆7千億円に及ぶ武器売却を決定したことでも、かつての曖昧戦略が見直されていることは間違いないでしょう。少し時間がかかるかもしれませんが、落ち着くところに早く収まっていただきたいものです。
昨年12月、議場へ国旗、村旗を掲揚しました。村民の皆様にご説明いたします。
一年以上前に議会を代表して議長より議場に村旗を掲げたい旨の相談がありました。議場に県や市町村の旗だけが掲揚されている議場を私は見たことがないので、どうせなら国旗も同時に掲揚することを提案しました。その提案を議長に議会へ持ち帰っていただきました。その後、議会としての方針は纏まらないので、村長に一任しますと議会より伝えられました。急を要する案件でもないため少し棚上げしていましたが、役場正面に掲揚してある村旗の在庫が無くなるため、業者に発注するとの話を聞きつけ、議場のサイズに合う国旗と村旗も同時に発注することにしました。
国旗の議場への掲揚率は全国の市町村全体で約66%、つまり3分の2は掲揚しています。たぶん、長野県の市町村においては、掲揚率は全国平均よりかなり低いと思われます。その中でも伊那谷は特に低く、飯田下伊那では一つもありません。
あくまでも私の推測ですが、大正デモクラシーと呼ばれた自由主義運動が盛んになった頃、当時の鼎町出身で、後の社会党参議院議員の羽生三七を中心に飯田下伊那にリベラル・ヤングメンズ・リーグが組織されました。普通選挙を求める運動や、過激社会運動取締法案の反対運動などに携わり、自由青年連盟の秘密組織として若者を中心に結成されましたが、後に官憲に一斉摘発されるという事件が起こりました。
さらに飯田下伊那地域は、幕末の平田学派の隆盛、明治の自由民権運動にかかわる飯田事件など、反体制の風土が国からの圧力を受け続けた歴史があります。
そのような風土があるにもかかわらず、1929年に起きた世界恐慌の影響で生糸が大暴落し、養蚕を基幹産業としていた飯田下伊那は農地面積が少ないこともあり、生活が大変困窮しました。奇しくも満州移民を国策として推し進める国に対して、県、町村、さらには教育界も推薦したことにより、全国でも最も多い人数が満州に渡ることになりました。そのあとの満蒙開拓団の悲劇は言葉では言い尽くせない程の凄惨な記憶となりました。
飯田下伊那はこのように国策に翻弄されたり、反体制の気質が、国からの圧力を受け続けた歴史的経緯がありました。
そのような歴史的背景から、国旗掲揚は暗黙の了解の中で、されてこなかったと考えます。
戦後80年、世界の政治、経済、文化は大きく変わろうとしています。我が国も同じです。時代の変遷があろうとも、決して忘れてはならない不易なものの価値観と変わらなければならない価値観、と言ってみても受け取り方はそれぞれの価値観で違います。世界中で人種と宗教の価値観のぶつかり合いから民主主義が機能しなくなり、戦争と殺戮が各地で起きています。連合国が作った国際連合はもはや紛争解決には機能していません。
このような世界の現状に対して、日本は古くから八百万の神(やおよろずのかみ)を大切にして、万物に宿る神と共に他者の信仰を認める宗教観があり、さらにはお天道様(おてんとうさま)が見ているとの道徳観を国民が共有しています。
今こそ世界に向かって、欧米の価値観とは質の異なる日本的な価値観を発信し、世界の安定、平和に向けてのリーダーシップを発揮する日本となるべきではないでしょうか。
将来のリニア中央新幹線の開業により、東京・名古屋・大阪のスーパー・メガリージョン(巨大都市圏)に組み込まれ、世界に拓かれた中核都市として、飯田下伊那が発展する千載一遇のチャンスが巡ってきました。
いつまでも国旗に対するネガティブな発想を引きずるよりも、世界基準の国旗に対する敬意を払える国民、村民の資質を育てる環境づくりも世界に通じる大切な要素となるはずだと考えています。
令和8年が村民の皆様にとって幸多い年となることを祈念しまして、新年のご挨拶といたします。